宮崎県 注文住宅のアイ・ホーム株式会社

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「秘密のケンミンSHOW 」撮影協力 アイ・ホームのエコタウン希望ヶ丘のモデルハウスが!

「秘密のケンミンSHOW」 放送予定6月18日21:00
                全国放送、CATVでは鹿児島読売テレビ43ch
             
           ※UMKでは6月28日に放送予定です(放送日が分かり次第お知らせします)
宮崎県にて、アイ・ホームのモデルハウスが
撮影協力で使われました。
どんな宮崎県の常識が紹介されるのでしょう。
「宮崎では太陽光発電」
これ常識?かも!
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 右/黛 英理佳さん(東 はるみ役)  左/水沢 駿さん(東 京一郎役)
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特別にポーズをとってもらいました。
宮崎の良さ、大いにアピールしてもらいたいものです。
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2日間に渡る撮影はとても大変そうでした。
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ようやく完成
ごくろう様

「縁側風景」

 
                                            かぼちゃ
向田邦子の「父の詫び状」という随筆に、記憶に残る縁側の風景がある。
終戦も間際、東京では米軍による空襲も多く、食糧事情も悪化する中、学童疎開が行なわれていた。
向田家では末の男の子が疎開することになった。
 父母はたくさんの葉書を用意し、自宅宛の住所を記して「楽しかったら○」「悲しかったり、ひもじかったら×」「何でもいいから書いてだすんだよ。」と託していた。
疎開当初は、疎開先の土地の方に大切にされていたようで、大きな○が花○になって葉書が届いた。しかし葉書には、そのうち○は小さくなり、△になり、×がたくさん書いて届くようになった。
 夏休みになって、その弟が帰ってくる日がやって来た。
それまで乏しい食卓の為に、大切に育てられて来たカボチャ。そのカボチャを全部収穫して良いとの父の一声で、2人の姉はカボチャを次々に取り上げ、縁側の敷居に大きな順に並べて置いて行き、「ひい、ふう、みい」と数えながら待っていた。
外はだんだん日が暮れて、なかなか弟の帰る様子は見られない。
 当時の「父親」というものは威厳に満ち、「母親」は優しく淑やかな存在であったようで、当日の向田家の父と母も心の中では「未だか、未だか」と思いつつ、「おなかすいた」とか嘆く娘たちに「静かに待つように」と諭すのであった。
 それから更に外が暗くなった頃、庭から弟の声が聞こえた。
その時、この「父」は「母」も裸足で縁から飛び下りて行った。並べてあったカボチャは蹴飛ばされて縁側からころがり落ちたのは言うまでもない。
 一戸建ての住まいならではの、心に残る風景ではなかろうか。

「幻の欅(ケヤキ)」

 私の友人に欅の名木店をしている者がいる。
東京の新木場に「星野名木店」という屋号で二代目となる。大学時代の同級生なのだが、東京にいる頃は大変お世話になった。
なにしろ、田舎から出て来た者にとっては、泊まれば、食事も御馳走になれるし、住まいは日本堤で、大好きな江戸町情緒が味わえるとあって何度も御邪魔したものだった。
 その友人に11年程前、久し振りに会った時、私が建築の仕事をしているのならと、知り合いの名木店に連れて行ってもらった。そうして、二度とはお目にかかれないから、よく拝んで行けと、欅の無節の一枚板を見せてもらった。厚みは10センチ程で、畳2枚程度の大物だった。聞けば、同じ板が他に1枚あったが、然る大きな宗教法人に大金で引き取られたとのことであった。
 友人の父は生前、欅を求めて日本中を旅したとのこと。宮崎では都城に良い物があったようで、とにかく目に留まる良木に出会えば、所有者と交渉することにしていたとのこと。
 ある時、長野県の田舎を歩いていたら、大きな水車が目に留まった。それはもう使われてはいなかったが、よく見ると欅で出来ている。所有者に交渉したところ「もう必要はないので、そんなに水車が好きなら、君に差し上げよう」と只(ただ)で譲ってもらったことがあったとか、これは大層儲かったとのことだった。
 今日では名木といっても、木目の魅力に大金を投じる粋人もいなくなり、特別な用途にだけ、その存在を問われるだけのようである。
 先の欅の逸品を所有していた友人の知人は、主に東北地方を捜して歩いていたとのこと。捜しに捜し、遂に、見たこともない欅の大木を発見したとのこと。しかも1本ではなく、4本も。
 それは人の住まなくなった山奥の廃村で、木々に埋もれた鎮守の森に、深い霧の中、残された2匹の狛犬に守られるように立っていたとか。神々しくも荘厳な、その場所に彼は茫然自失。「それで、その欅、どうした。」と問うと、所有者を捜すことも大変な手間だし、第一、これ程見事な4本立ちの欅は「切れない。」とのこと。「いったいそれは何処なの」「一度見てみたい」と言えば、「死ぬまで誰にも教えない」と云う。
 彼の心の中にだけ、この欅の神様はその姿をお見せになったのだろう。「教えない」と答えた時の彼は、遠くを見る目になっていた。

後継者

 後継者は先代に何かと比べられ損をするものである。
得をすることもあるのだが、得というものは当たり前、これがなければ後継者も後継者には成らなかった訳で、とにかく、この「損」が大問題となる。
 今、我が家に2匹の後継者がいる。
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右:モッコ  左:レオ
先代は賢く、決して室内で「おもらし」はしなかった。
なんと、迂闊な飼い主が起こしても起きなければ、ユニットバスのタイルに「おしっこ」をしていたと言う。正に天才犬。
妻曰く、“トイレを開けていたら、きっとトイレで用を足していたに違いない。”
 又、先代は家人の安全を守る警備の役目を忠実に、1年365日精励せられておりました。怪しい物音、怪しい人、これを観察する先代の眼差しは常に真剣であり、耳は、鼻は、正に五感に加えて第六感までも投入して警備する先代の姿は誠に頼もしく、それでいて愛らしく、今もありありと目に浮かぶのであります。
 して、今日の後継者は、
先ず、「おもらし」を自己表現に用いるところがダメ。2匹が常に「愛の狩人」のごとく「一番の愛」を求めて行動。二番の方、特にレオ君は、この時、「おもらし」を自己存在の証として、マットを用いず、フローリング上に放出。逃げ足だけは早いという体たらく。
 次いで、警備上の勤務状況はと言えば、誰でも大歓迎、まったくノーテンキ。
 何か後継者の取り得はないかと言えば、これかな、「手のかかる子供程、可愛い」「バカな愛の狩人程、可愛い」といったところか。    チャンチャン
それにしても先代「クロ」は偉大だったな。

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